バイデン大統領は2021年7月9日に米国経済の競争促進のための大統領令(Executive Order on Promoting Competition in the American Economy)に署名した。競争促進のための様々な施策の実施について定められているが、このうちの一つに競業避止(non-compete)を定める条項や契約の制限が挙げられる。この大統領令自体は、連邦取引委員会(Federal Trade Commission、略称: FTC)に対して、労働者の転職を不合理に制限する競業避止義務を制限する立法の検討を求めているものであり、現時点で雇用者や従業員に直接の影響はない。また、競業避止義務の全面的な禁止を求めるものでもなく、具体的な内容や影響についてはFTCの立法が待たれる。

競業避止(non-compete)義務

さて、ここで競業避止義務とは何か、その正当化根拠及び制限の方向に向かっている背景について説明したい。雇用における競業避止義務とは、従業員の退職後、元の雇用者の競合他社への転職や独立して元の雇用者と競合する業務を行わない義務をいう。例えば、契約書において「従業員は、退職後1年間は、ジョージア州においてソフトウェアを販売する会社において営業職についてはならない。」等のような合意がなされることになる。元の雇用者の秘密情報が競合他社に漏れないようにするために、雇用者が従業員を採用する際又はいずれかのタイミングで従業員にこのような課すことが多く、幅広く使われてきた。少し古いが、全労働者の18%におあたる2,800万人に対してその時点でnon-competeが義務付けられているというような調査結果もある。

競業避止(non-compete)義務の正当化根拠

競業避止義務を課すことにより、従業員の転職がし辛くなることが考えられ、その結果、同一の会社で働く期間が長くなることが期待できる。それにより、雇用者の従業員への情報の提供や投資(訓練・研修等)が促進され、雇用者にとっても従業員にとっても有益であるという指摘がある。他方で、従業員にとっては退職後に過去の訓練や研修、経験で身に着けた技術や知識を生かせなくなり、転職も制限される酷なものであり、社会にとっても不利益であるとも考えられている。

制限の方向に向かっている背景

近年では後者の点がより重視されているが、競業避止義務が想定されていたよりも広範に使われていたこともその一因であろう。すなわち、雇用者の秘密情報に接しない、専門的な知識や技能を有しないブルーカラーの労働者に対しても競業避止義務が課されていたことが明らかになった。例えば、2014年には、イリノイ州で創業され、シャンペーン市に本店を構えるサンドイッチのファストフードチェーン店であるJimmy John’sが、注文をとり、サンドイッチを作る等の作業を担う低賃金の従業員に対しても競業避止義務を課していたことが問題となり訴訟が提起された。すなわち、従業員は、退職後、米国内のJimmy John’sの店舗から2マイル(後に3マイルに拡張)の以内に位置する、デリスタイル等のサンドイッチの販売から収益の10%以上を得ている雇用者の下で働くことがいかなる職種であれ禁止されていた。シカゴ等の都市部では、店舗が密集していることから、Jimmy John’sで働いた後に他のサンドイッチ店へ転職することは事実上非常に困難となる。この訴訟は和解で終了し、Jimmy John’sの一般の従業員との契約から競業避止義務を定める条項は削除された。しかし、2014年には高卒以下の学歴の、年収$40,000以下の従業員のうち、12%以上が競業避止義務を負っていたという調査結果もあり、Jimmy John’sの件も氷山の一角に過ぎないと思われる。このような従業員に対して競業避止義務を課すのは不当で不合理であると社会的に注目をされ、米国では近年競業避止義務を制限する方向で各州における立法や法改正も進んでいる。

各州における有効性

まず、競業避止義務は従業員にとって酷であり、競争を制限することから、全面的に禁止している州もある。著名なところではカリフォルニア州が挙げられるが、ノースダコタ州及びオクラホマ州でも原則として従業員に対して退職後の競業避止義務を課すこと自体が禁止されている。ワシントンDCでも法律が成立したが、適用時期は未定である。

その他の州では、一定の場合に従業員に競業避止義務を課すことを禁止している。具体的な要件を定めず、不合理な場合には競業避止義務に関する定めは無効であるとする州もあれば、最低限の要件を満たさないものについては無効であると一定の明確な線引きを行う州もある。

既存の従業員に途中から競業避止義務を課そうとする場合には、金銭的な又はその他の対価を定めなければならないとする州や、辞職した従業員には競業避止義務を課すことができるが、レイオフされた従業員には競業避止義務を課すことはできないなどとする州もあり、州によってその取扱いは様々である。なお、競業避止義務の定めの有効性については、原則としては従業員が就労している州の法律に基づいて判断される。そのため、雇用者は例えばジョージア州に所在する会社であったとしても、従業員の就労場所が他の州であれば他の州の法律が適用されることになる可能性があるので留意されたい。

終わりに

体感としても競業避止義務は広く契約において定められているものの、その有効性について毎回吟味されていない場合も少なくないように感じる。しかし、競業避止義務に関する条項の適法性は諸般の事情を総合衡量して判断されることからも、同一の文面の契約書を全ての従業員に用いることができるという性質のものではない。この機に、一度競業避止義務の条項について見直されていかがだろうか。

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By 前田千尋

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