はじめに
近年、LGBTやLGBTQ+という言葉を日常的に見聞きするようになってきたのではないでしょうか。これらは、人々の性的指向や性自認を表現する用語であり、Lはレズビアン(女性の同性愛者)、Gはゲイ(男性の同性愛者)、Bはバイセクシャル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(出生時に割り当てられた性と異なる性自認を有する人)、Qはクエスチョニング(性的指向や性自認が定まっていない又は決めていない人)、又は、クィア(もともとは、「風変わりな」、「不思議な」という意味ですが、多様な性的指向や性自認を包括する言葉として用いられています)を指し、+はこれらの他にも様々な性的指向や性自認があることを示すために用いられています。このほか、性的指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取った総称であるSOGIの用語も広まりつつあるように思われます。
株式会社電通が2020年12月に実施した調査によれば、日本においては、8.9%の人が、自らがLGBTQ+のコミュニティに属する旨回答しています1。また、アメリカの世論調査会社ギャラップ社が2021年に実施した調査によれば、アメリカの成人人口に占めるLGBTのコミュニティに属する人の割合は7.1%であり、同社が調査を開始した2012年から比べるとその割合は倍増しています2。最近では、自らがLGBTQ+に属する旨をカミングアウトする著名人等も増えつつあり、こうした流れも、LGBTQ+への理解と受容が高まりつつあることの反映と言えるかもしれません。
アメリカの企業も、近年、LGBTQ+に関する取り組みに力を入れています。アメリカの人権NGOヒューマン・ライツ・キャンペーン財団(HRC)は、アメリカの大手企業等のLGBTQ+社員の平等に関する取り組みをポリシー、実際のプラクティス、福利厚生等の観点から評価した企業平等指数(100点満点)を毎年公表していますが、直近に公表された2022年版3では、同調査に参加した1271社のうち、842社(一部、日系企業も含む)が100点満点を獲得しています。また、同調査によれば、Fortune 500 企業のうち、91%の企業が、差別禁止ポリシーのなかに性自認の保護を明記し(調査を開始した2002年は3%)、調査参加企業の97%が、性自認に基づく差別を明示的に禁止しています(調査を開始した2002年は5%)。そして、ポリシーの策定のみにとどまらず、調査参加企業の93%が、役職員研修をはじめとした、組織のLGBTQ+コンピテンシーを支える実践的なプログラム(少なくとも3つ以上)を提供しているとのことです。
今後も、LGBTQ+を受け入れる風土作りを強化していく企業が増えていくものと予想されますが、本稿では、当地日系企業が、今後、(より一層)かかる取り組みを行っていくうえで、前提となり得る、アメリカにおける性的指向や性自認に基づく雇用差別に関する法規制・裁判例の動向について簡単に概観することとします。
公民権法第7編(Title VII)
連邦法である1964年公民権法第7編(Title VII)は、採用から解雇までの雇用の全局面に関し、「人種、皮膚の色、宗教、性、または出身国」を理由とする使用者4の差別行為を包括的に禁止しています5。すなわち、性的指向や性自認を理由とする差別については、法律上、明示的には、禁止事由として列挙されていません。しかし、アメリカ連邦最高裁は、性的指向や性自認を理由とする解雇の違法性が問題となった2020年のBostock事件6において、性的指向や性自認を理由とする差別は、「性」を理由とする差別にあたり、この公民権法第7編に違反することを明確にしました。
障害のあるアメリカ人法(ADA)
連邦法である障害のあるアメリカ人法(ADA)TitleⅠは、使用者の雇用における障害を理由とする差別を禁止するとともに、一定の条件のもと、障害を持つ個人に対し、「合理的便宜」を図ることを要求しています。ADAは、直接的には、LGBTQ+の人々を保護することを目的として制定されたものではありません。実際、同性愛や両性愛は、同法上の「障害」に該当しないことが明示されています。しかし、例えば、LGBTQ+の従業員が、HIVに罹患している場合7など、一定の場合には、ADAにより保護される場合があることには注意が必要です8。
その他州法
このほか、州法で、雇用等における性的指向や性自認等を理由とする差別を明示的に禁止している州もありますが(例えば、ニューヨーク州、カリフォルニア州、イリノイ州など)、ジョージア州、テネシー州、フロリダ州等では、このような規定は置かれていません9。
実務上の問題~トランスジェンダーの従業員のトイレの使用について
最後に、実務上悩ましい問題の一つとされる、トランスジェンダーの従業員のトイレの使用について、少し触れたいと思います。
近年では、アトランタ市で、市所有の一定の公共施設のトイレを性中立的とする旨の行政命令が出されるなど、社会全体として、トランスジェンダーの方にも配慮をしようとする動きが見られるようになってきています。
他方で、トランスジェンダーの従業員の自己の性自認に基づくトイレの使用に関しては、現実問題として、これに対し、ある種の抵抗感や不安感を持つ者がいることは否定できず、企業内のトイレの使用ルールをどのようにすべきか、対応に迷う企業も少なくないと思われます。実際、この種の問題で、訴訟に発展している事案も見受けられます。
例えば、イリノイ州の控訴裁判所では、企業が、雇用期間中に男性から女性へと性別移行したトランスジェンダー従業員による女性トイレの使用を拒否したことが州の人権法に違反する旨の判示がなされています(Hobby Lobby Stores, Inc. v. Sommerville, 2021 IL App (2d) 190362)10。また、企業の事案ではありませんが、類似の事案として、フロリダ州のトランスジェンダーの高校生(出生時に割り当てられた性は女性)が、高校で男性トイレの使用を拒否されたことが違法である旨主張して、教育委員会を相手取って訴訟を提起した事件もあり、同事件は、連邦地方裁判所(および控訴裁判所の合議体)で違法の判決がなされましたが、本稿執筆時点(2022年7月上旬)では、アトランタにある連邦控訴裁判所の全員法廷で再審理がなされています(Adams v. School Board of St. Johns County, Florida 9 F.4th 1369(Mem))。
裁判例の動向は、なお流動的ともいえますが、いずれにしても、企業としては、トランスジェンダーの従業員のトイレの使用にかかる意向を十分に確認するとともに、他の従業員との関係では、定期的に研修、講習会を開くなどして、日頃からLGBTQ+(トイレの使用の問題等も含む)への理解を深めていくことが必要になるでしょう。
終わりに
以上、アメリカにおけるLGBTQ+の従業員への雇用差別に関する法制度・裁判例の動向について簡単に概観しました。今後も、さらに、立法や裁判例により、様々なルールが確認・形成されていくことが予想されます。日系企業としては、こうした動向も注視しながら、より一層、LGBTQ+の従業員の平等と包摂に向けた施策を実現していくことが求められるでしょう。
- 株式会社電通 広報局 NEWS RELEASE「電通、『LGBTQ+調査2020』を実施」(2021年4月8日)
- https://news.gallup.com/poll/389792/lgbt-identification-ticks-up.aspx
- https://reports.hrc.org/corporate-equality-index-2022
- 州際通商に影響を与える産業に従事し、当年または前年において20週以上の各労働日に15人以上の被用者を使用する者をいいます。ADAにおいても同様。
- 中窪裕也「アメリカ労働法[第2版]」(2010年、弘文堂)195頁
- Bostock v. Clayton Cty., 140 S. Ct. 1731 (2020)
- Bragdon v. Abbott, 524 U.S. 624 (1998) によれば、HIVは、無症候期であっても、ADA法上の「障害」に該当します。
- Davis & Litchfield, LGBTQ Employment Law Practice Guide, Ch. 1, § 1.03[1] (Matthew Bender) を参照
- ただし、フロリダ州については、フロリダ人権法(Florida Civil Rights Act)を執行するFlorida Commission on Human Relations が、同法により禁止される、雇用における性を理由とする差別には、性的指向や性自認を理由とする差別を含む旨解釈しています。前掲・LGBTQ Employment Law Practice Guide§ 7.01
- ただし、本稿執筆時点(2022年7月上旬)では、州最高裁に対する上告が許可されています(Hobby Lobby Stores, Inc. v. Sommerville, 183 N.E.3d 880 (Table)(2021)
バーンズ&ソーンバーグ法律事務所
山本 真理
前田 千尋
舩坂 芳紀
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