前号では、日米のBPO取引における実務上の決定的な違いと注意点の他、BPO取引に係る特殊な米国契約法であるConsideration(約因)の必要性とそこから派生する日米での価格交渉の姿勢の違いを紹介しました。この後編では、もう一つの特殊な米国契約法である数量明示義務について概観した上で、BPO取引を巡って現在最高裁判所で争われている案件の概要と判決の及ぼし得る効果をお伝えしたいと思います。
米国契約法の特殊性:数量明示義務
日米のBPO取引では、UCC(統一商事法典)を基にしたアメリカ各州の契約法を考慮することも必要です。米国では、州によって異なるものの、一定金額以上の物の売買契約は書面で交わされることが義務付けられています(Statute of Frauds。なお、ジョージア州では500ドル以上とされています。)。
さらに、契約時には購入数量を明示すべきとされており、数量の明示がない場合、契約は無効とされるのが米国における確立した判例法理です。たとえば、「12,000個以上」という購入契約は、「以上」という文言ゆえに数量の明示がなく無効とされます。また、BPOの記載を巡っては、たとえば、「119,946個」の製品購入契約が、単に予定数量を示したもの(estimate)に過ぎないことを理由に無効とされた例があります。したがって、この数量の明示義務はかなり厳格に適用される傾向にあるといえます。
厳格な数量明示義務にも関わらず、BPO取引で数量が明示される例は、実務上、ほぼ皆無です。価格を算定する基礎となるフォーキャストは単なる予測とされ、交渉力で劣るサプライヤーはバイヤーの一方的な条件を呑まざるを得ないのが実情でしょう。ところが、この半ば確立された実務慣行を打ち破るべく、現在、乾坤一擲の大勝負を繰り広げているサプライヤーがいます。前号の冒頭にご紹介した、ミシガン州最高裁判所に係属する訴訟を戦うA社です。
事案の概要
事案の概要は以下のとおりです。
A社はミシガン州の自動車パーツ(ゴム製品)のサプライヤーであり、いわゆるTier 2に属する会社です。A社は、自動車メーカーと直接契約するTier 1サプライヤー(A社にとってのバイヤー)との間で製品供給契約を結んでいました。注文にはBPOが用いられていたものの、数量は明示されておらず、年間数量はあくまでも予測であるとされていました。A社は、7年間に渡って製品の供給を続けた後、バイヤーから価格アップを拒否されたことを理由に製品の供給を停止しました。バイヤーから、T&Cに基づく契約の履行または損害賠償を求めて提訴されたA社が、BPOの数量明示義務違反を争ったのが本件です。
一審および控訴審では、数量明示義務違反はないとされました(バイヤー勝訴。サプライヤーであるA社に供給継続義務を認めました。)。控訴裁判所がBPOを適法としたのは、バイヤーの需要は製品の納入先である自動車メーカーの需要に依存しており需要を確定できないため、という理由に基づくものでした。
しかし、そもそも契約書に数量が明示されないのは、バイヤーがその先の需要を確定できないためです。このような不安定な事情を踏まえてもなお、契約書への数量の明示が厳格に求められるのがアメリカ契約法のはずです。そうだとすれば、需要が確定できないことを理由にBPOへの数量明示義務を緩和したと解釈できる高裁の理由付けは、確立された裁判所のスタンスと矛盾するように思われました。
この点を指摘してA社は上告します。最高裁判所に受理され、2022年12月7日に口頭弁論が開かれました。最終的な判決の行方はまだ分からないものの、最高裁判所に受理されるのは上告された案件のほんの一握りであること、そこから更に数が限られる口頭弁論が開かれたこと、控訴審の提示する理由には矛盾があり、BPOに数量が表示されていないとする結論の方が従来の判例理論と整合的であると思われることからすれば、数量の明示を欠くBPOは無効であると最高裁が判断する可能性も否定できません。
BPO取引実務への影響
もし上記の裁判でミシガン州の最高裁判所が数量明示義務違反を理由にBPOは無効であるとした場合、どうなるでしょうか。
まず、ミシガン州では、州内で行われている、購入数量を明示していないあらゆるBPO取引に影響が及びます。仮に、サプライヤーが契約の無効を主張して一方的に供給を停止したとしても、契約は無効であり、無効な契約に引用されるT&Cも法的拘束力を有しないため、バイヤーはサプライヤーに対して製品の引渡しや損害賠償を請求できないことになります。バイヤーが製品の継続的な供給を必要とする場合、購入数量を明示した上でサプライヤーと契約を締結し直さざるを得ません(従来よりも製品単価は上がるでしょう)。
ジョージア州を含むミシガン州以外の各州では、ミシガン州の最高裁判決が直接的な影響力を持つことは基本的にはありません。もっとも、州最高裁の更に上に位置する連邦最高裁判所に本件が継続する可能性もあり、そうなれば全国的な影響力を持つ判決が出されることになります。また、そこに行く前段階であっても、全米各地でサプライチェーンの混乱と価格アップを巡って激しい折衝が展開されている現状にかんがみれば、本判決が他州に事実上波及することは必至といえましょう。
以上を踏まえ、バイヤーとしては、発行するBPOが数量明示義務を充たすように対応することが急務になります。従来よりもやや事務手続きが煩雑になる他、後述のサプライヤーの対応に先んじて対策を講じる必要があります。
他方でサプライヤーにとっては、バイヤーに対して契約条件の変更を求める千載一遇のチャンスです。仮に、数量を明示していないBPOが無効であるとすれば、そこに引用されるT&Cも法的拘束力を有さず、製品の供給を停止しても契約違反にならない可能性があるためです(上記の裁判例で正に争われている点です)。これを交渉カードに、バイヤーに対して価格交渉を仕掛けることの他、バイヤーのT&Cではなく自社のT&Cを引用するように変更することや、収益の上がらない供給先の整理などの抜本的な対策も可能です。ただし、一度でも数量を明示したBPOに基づいて供給を行うとベンダーのT&Cに拘束されることになるため、契約の変更を(特に供給停止などの強硬手段を交渉カードとして用いつつ)要求できる可能性は大幅に減少します。したがって、サプライヤーは、バイヤーがBPOを修正するよりも先に、リーガル面の対策を整備する必要があります。
総括
以上のとおり、BPOを巡る契約実務は、非常に大きな転換点を迎えるかどうかの瀬戸際に立っています。サプライチェーンに関わる全ての業者にとって判決の行方は見逃せません。判決が出る時期は未定ですが、各企業は、判決を見越した上で対策を進める必要があります。
バーンズ&ソーンバーグ法律事務所
山本 真理
前田 千尋
田中 裕之
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