ビジネスにおいて「情報」は競争力の源泉となります。しかし、有体物と異なり、無体物である情報は、一度流出してしまうと排他的支配が困難なため、その価値は大きく毀損されてしまいます。ビジネスの様々なフェーズにおいて、自社の重要情報を他社に開示する必要が生じますが、その際、秘密保持に万全を期さなければならないことは言うまでもありません。例えば、自社開発の新技術を協業先に開示する際に秘密保持の手当てを怠れば、技術の流出、模倣、更には第三者による(当該技術についての)特許出願といった悲劇的な状況を招きかねません。

昨今勢いを増しているIoT、AI技術を用いたビジネスにおいても秘密保持の重要性は強調されており、自社の貴重なデータの保護のための措置は欠かせません。また、欧州、日本、米国50州において、様々な情報保護に関する立法や規制制定が劇的に加速してきていることは、注目に値します。

米国でのビジネスにおいて、日常的に締結されているNon-Disclosure Agreement (NDA)、Confidentiality Agreement、Secrecy Agreementといった契約は、秘密情報を保護するための契約であり、決して目新しいものではありませんが、その重要性はますます高まっていると言えるでしょう。本稿では、改めて、秘密保持契約についてポイントを解説したいと思います。

なお、秘密保持に関する契約は、種々の名称で呼ばれることがありますが、本稿では混乱を避けるため「秘密保持契約」で統一し、また、秘密保持義務の対象は「秘密情報」で表すこととします。

1. 秘密保持契約の重要要素

以下では、主に秘密情報を開示する側の視点から、秘密保持契約の要素を概説します。

Confidential Information(秘密情報) 

まず、秘密保持契約においては、秘密として保持すべき対象をConfidential Information(秘密情報)などとして定義します(定義に用いる用語はInformation やProprietary Information等でも構いません)。ここで重要なことは、何を秘密保持義務の対象として定義するかです。

一般には、開示する情報のうち秘密情報とするものを、開示期間、開示方法、開示内容等で明確に規定します。また、秘密情報は、開示者の開示する情報に限る必要はなく、その案件の個別事情から秘密とすることが適当であるものを含めるべきです。当該案件における検討結果(例えば、新技術についての評価結果)は、開示者が直接開示した情報ではないとしても、秘密として保護すべきであれば、秘密の対象とするのがよいでしょう。更に、fact(例えば、そのプロジェクトの存在自体、両当事者がその案件のために秘密保持契約を締結している事実自体)も秘密情報となり得ます。

Confidentiality Obligation(秘密保持義務)/Limited-Use Obligation(目的外使用禁止義務)

Confidentiality Obligation(秘密保持義務)は、文字通り秘密を守る義務で、秘密情報の第三者への開示、漏洩をしない義務です。

秘密情報の受領者のAffiliates(関係会社)は、ここでいう「第三者」に該当します。そのため、受領者のAffiliatesも秘密情報にアクセスする必要がある場合は、実務的には、Affiliatesの定義を明確にし、受領者が負うのと同等の義務を遵守させることを条件に、受領者がAffiliatesに秘密情報を開示できる旨を定めるのが一般的です。

Limited-Use Obligation(目的外使用禁止義務)は、秘密情報の使用目的を限定し、それ以外での使用を禁じる義務です。

秘密保持義務と目的外使用禁止義務は、義務の内容が異なることに注意が必要です。秘密保持義務のみ規定され、目的外使用義務が規定されていない場合、秘密情報について、第三者に開示、漏洩することは禁じられますが、使用目的は限定されておらず、想定されていた目的以外での使用が妨げられていないことになります。通常、秘密情報の開示者としては、秘密情報が特定の目的以外に流用されることを避けたいでしょうから、秘密保持義務に加え、その案件に適切な「目的」を設定したうえで、目的外使用禁止義務も忘れずに規定しなければなりません。

Exceptions(除外規定)

文言上は秘密情報に該当するとしても、秘密保持義務の対象から除外することが合理的なものもあります。例えば、広く知られている事項、受領者が情報を相手方から受領する前から既に保有していたもの等です。これらについては、秘密情報に該当しない旨規定するか、秘密保持義務が免除される旨を規定します。

Samples(秘密サンプルの取り扱い)

例えば、研究開発段階の製品サンプルは、秘密性が高いものです。秘密のサンプルを他社に提供する必要がある場合、秘密情報としての取り扱いに加えてサンプル特有の取り扱いを規定することがあります。規定の内容は当事者が属する分野やそのサンプルの特性により様々ですが、例えば、電機·機械の分野のサンプルについては、分解禁止、リバース·エンジニアリング禁止の義務が規定され、化学の分野のサンプルについては、その物質についての化学組成分析禁止の義務が規定されることが多いです。

Confidentiality Term(秘密保持義務の存続期間)

秘密保持義務は、秘密情報の価値がなくなるまで(陳腐化するまで)存続させる必要があります。そのため、契約において秘密保持義務の存続期間を明確にしておくことが重要です。存続期間は一律に決まるわけではなく、秘密情報の内容、性質に応じて考えなければなりません。

例えば、技術情報に関する秘密保持契約で考えると、IT業界等のいわゆる「足が速い」分野では次から次へと新しい技術が登場するため、秘密情報としての技術の鮮度はすぐに失われやすいと言えます。そのため、秘密保持の期間は比較的短く、3年程度で十分であることも多いでしょう(中には1年経過すれば完全に新技術に置き換わってしまうため、技術の価値がまったくなくなってしまうというケースもあるでしょう)。一方、素材産業における製造方法に関する情報等、技術をノウハウとして長く秘匿しておくことで競争力を維持しているような場合、その「秘伝」の情報についての秘密保持義務は、10年、20年単位の長期間に亘るものにすべきこともあります。

2. 片務契約と双務契約

秘密保持契約には、一方当事者のみが秘密情報の取り扱いについて義務を負う片務型(片方向)の契約と、両当事者が義務を負う双務型(双方向)の契約があります。片務型とするか双務型とするかは、案件毎に判断されるべきものです。相互に秘密情報の開示を行う案件であれば双務型の契約を選択し、自社のみが秘密情報の開示を行う案件(相手方から秘密情報を受領する必要のない案件)であれば相手方のみが義務を負う片務型の契約とすることが妥当でしょう。

自社の秘密情報を他社に開示する際には、情報の保護に十分な秘密保持契約を締結することが必要です。逆に、自社が他社より秘密情報を受領する場合は、義務を課される立場となりますので、過度な内容の秘密保持契約を締結すると、自社のビジネスの妨げとなりかねません。受領者の立場で考えると、不要な義務は負うべきではないですし、また、義務を負う場合も、その範囲及び程度は必要最低限にとどめるべきです。

それぞれの案件において、自社の立場、対象となる秘密情報の内容及び性質を確認し、適切な秘密保持契約の条件を慎重に検討することが重要です。

3. おわりに

ビジネスでは、常にスピードが求められます。秘密保持契約の締結に手間取り、機会を逸しては本末転倒です。しかし、だからといって、秘密保持契約を重要視しなくてよいということにはなりません。経営の立場としては、情報が自社の貴重な経営資源であることを認識し、その保護の重要性を社内に浸透させることが必要でしょう。そのため、営業サイドがタイムリーな接触や情報交換を求める中であっても、事前に秘密保持契約を締結することを会社の基本方針として徹底することも重要となります。

自社の秘密情報の保護に関しては、自社のビジネスや情報の特徴に応じた秘密保持契約の雛型を予め準備しておき、適宜それをカスタマイズして活用していくことも一案です。迅速な対応と適切な秘密保持の両立が、ビジネスの成功の鍵となります。


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