米国で働く日本人の多くは、異国での慣れない生活、新しい仕事や学校への不適応、文化や言葉の壁、日本の家族や友人との離別など様々なストレスにさらされています。強いストレスは様々なこころの不調を引き起こします。特にうつ病はストレスとの関連が強く、放置して悪化すると自殺など最悪の結末につながることも多いため、日本人従業員に対するメンタルヘルスケアは非常に重要です。

うつ病の社会的影響

うつ病は自殺による死亡や労働力の損失による経済的コストが高いことが社会的な問題になっています。米国ではうつ病が15-44歳の年齢群における障害の原因の第1位です。米国でのうつ病の経済的損失は医療費、生産性の損失、その他のコストを合わせると年間約700億ドルと推計されています。日本においても、うつ病による経済的損失は年間2兆円程度と推計されています。また、うつ病は自殺率が高く、自殺の約80%がうつ病を原因とするものであり、未治療のうつ病患者の実に20%近くが最終的に自殺するという報告もあります。特に日本では自殺死亡率が先進諸国より高いことが知られており、毎年年間3万人以上が自殺により死亡しています。

従業員のうつ病による企業への影響

企業にとっては、従業員のうつ病に伴う影響は職場でのパフォーマンスの低下、休職、離職などの生産性の損失だけにとどまりません。従業員が職場環境や業務内容に起因するストレスによってうつ病を発症したと認められる場合、労災と見なされる可能性があり、近年は日本においてもうつ病に伴う自殺が労災と認定されるケースが増えてきています。また、労災給付だけでなく、企業が安全配慮責任などの民事責任を問われる可能性もあります。これは海外赴任中、出張中においても例外ではなく、海外赴任中の自殺についても日本において労災認定され、企業側が安全配慮責任を問われた判例もあります。企業のメンタルヘルス対策はリスク管理の面からも非常に重要です。

日本の企業のメンタルヘルス対策の実情

日本においては以前より長時間労働者(残業月100時間以上)に対し、産業医による面接が義務化されていました。これに加え、厚生労働省による職場のメンタルヘルス対策の一環として、2014年に労働安全衛生法が改正され、最低年1回の従業員へのストレスチェックの実施が雇用者に義務付けられました。具体的には、
①従業員50名以上の事業所について全従業員へのストレスチェック実施、
②高ストレス状態かつ申出を行った従業員への医師面接、
③医師面接後、医師の意見を聴いた上で必要に応じた就業上の措置、
が必要とされています。ストレスチェックは「職業性ストレス簡易調査票」と呼ばれる調査票を従業員に記入してもらう形で行うことが望ましいとされています。

過労死、自殺などへの米国日系企業対策

雇用主としてはまず従業員の長時間労働を避けることが何よりも重要です。長時間労働はうつ病だけでなく、他の様々な内科的疾患、過労死との関連が指摘されています。雇用主が超時間労働を容認していた場合、従業員のうつ病の発症や突然死に対し、労災認定される可能性が高くなるだけでなく、安全配慮義務違反などに基づく民事責任を問われる可能性も高くなります。また、過去の判例では、職場の飲み会や接待、研修なども労働時間に含まれると判断されたケースもあります。企業側としては、業務をなるべく効率化し、通常の業務時間外の拘束時間をなるべく短くすることにより、従業員がプライベートの時間を充分に確保できるようにしておくことが大事です。また、セクハラ、パワハラなどのハラスメント、職場の人間関係のトラブルなども大きなストレスの要因となります。常に職場の風通しを良くし、職場の人間関係を良好に保つ努力も大事です。また、米国には日本のような産業医制度は存在しないため、日本語でサービスを提供できるメンタルヘルスの専門家と日頃から連携しておくことを検討する必要もあると思われます。

周囲の気づきが早期発見・早期治療の鍵

職場・労働環境の改善だけでなく、うつ病の早期発見、早期治療も問題を深刻化させないために非常に重要です。うつ病を初めて発症した方の場合、本人にうつ状態であるという自覚が乏しいことが多く、自分からはなかなかメンタルヘルスの専門家を受診しないことが多いです。一方で、周囲の人たちは、「なんとなく元気がない」「最近本人の様子がいつもと違う」、「表情が冴えない」、「性格が変わった」、「暗くなって塞ぎ込みがちになった」、「いらいらするようになった」、「考え方がネガティブになった」「集中力がなくなった」「ケアレスミスが増えた」「服装や身だしなみに気を使わなくなった」「遅刻や欠勤が増えた」など、早くから異変に気付いていることが多いものです。いつもと違う思った場合は早めに専門家に相談するように促すことが早期受診、早期治療につながります。

松木隆志医師

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