ネットフリックスのホーム画面に韓国ドラマ『ミスター・サンシャイン』がしつこく出てくるので、観てみることにした。イ・ビョンホンの9年ぶりのドラマ出演作であり、脚本は数々の大ヒットドラマを手掛けたキム・ウンスク。「史実に基づいたフィクション」です、と各エピソードの始めに出てくる。つまり「タイタニック」のようなものだ。

あらすじ:
ユジン(イ・ビョンホン)は、幼い頃にヤンバン(朝鮮王朝時代の特権身分階級)に両親を殺され、そこから逃亡することになる。放浪の後アメリカへと不法に渡ったが、様々な苦難を乗り越え、米軍人となり、アメリカ国籍を取得し、海兵隊の大佐として朝鮮に配属される。30年ぶりの朝鮮だ。一方、生まれてすぐ義兵であった両親が殺され朝鮮の名家の祖父の元で育ったエシン(キム・テリ)は、祖父の心配をよそにお嬢様として生きることに疑問感じ、銃の撃ち方を習い、両親と同じ義兵となって戦う道を選ぶ。ある夜、ユジンとエシンはお互いにアメリカ公使館大使を暗殺する目的でかち合ってしまう。覆面をしていた2人だったが、すれ違い様火薬の臭いと目からお互いの正体に気付き…

親が殺されアメリカで大人になってアメリカ人として戻ったユジン、そして同様に奴婢の親が殺されたのち日本に渡り浪人となって戻ったク・ドンメ、義兵とお嬢様の2つの顔を持つエシン、日本人の老資産家に嫁ぎ夫亡き後ホテルの経営をする朝鮮人・工藤陽花、そして朝鮮の権力者の息子で日本に留学していたキム・ヒソンなど、皆朝鮮人として生まれたが、それぞれに身分や立場が違う者たちが複雑に絡み合い話が進んでいく。物語は複雑な時代背景の中でのラブストーリーで、とても面白く、結局最後まで一気見してしまったが、色々考えさせられた。

朝鮮王朝時代の階級制度は、実にひどいものだったようだ。奴婢として生まれたら一生奴婢。シリーズの前半は、この階級差別に焦点が当てられている。一部の特権階級が、底辺の人たちをこき使い、差別し、嫌い、無惨に殺してしまう。

そして後半、大日本帝国やアメリカ、ロシアなどが大韓帝国に介入し、大韓帝国の立場は危機的になっていく。そして、日本人による朝鮮人に対する差別が描かれ始める。ここに出てくる日本人は、見ていて吐き気がするほど腹黒く横暴に描かれている。大袈裟に描写されていると思いたいが、実際はどうだったのだろう。しかし、60年代のアメリカでの白人による黒人への日常的暴力的差別や、ナチスによるユダヤ人虐殺は悲しい史実だが、昔はこういった差別行為は日常的に行われており、珍しいことではなかったのだろう。日本人による朝鮮人差別があったのは確かだし、恥ずべきことだと思う。

さて、文春オンラインで「赤い水曜日」というタイトルの韓国人による韓国での出版物の記事を読んだ。https://bunshun.jp/articles/-/48743 キム・ビョンホンという民間歴史研究家によるもので、「慰安婦被害者はいない」「ウソだらけの虚像を剥ぐ」として慰安婦の証言および支援救済活動に対する検証本として出版されている。韓国の学校の教科書では、慰安婦問題が日本軍による強制連行説としてに記述されており、子供が反日教育が始まる年齢になる前に他の国に移りたい、と韓国在住の友人から聞いたことがある。これは子供への洗脳であり、いじめにつながりかねない。この本の著者も、証拠抜きに『暴力的』に慰安婦について教科書に記述され、教えられていることに疑問と怒りを感じたのが慰安婦運動糾弾に乗り出した動機だという。アトランタでも慰安婦像の設置についてニュースになっていたが、一部の人たちは執拗に慰安婦問題に固執し、反日運動を続けている。朝鮮の日本統治時代を知る者なのか、子供時代に受けた洗脳のせいなのかは分からないが、同じ韓国人がこのような本を出版することで、何かしらの変化につながることを期待したい。

日本側はどうだろう。戦中戦後すぐに生まれた世代には、朝鮮人を差別している人が多かったようだ。昔、簡易カメラの代名詞として使われていた誰もが使っていた言葉は、放送禁止用語になって久しいが、「馬鹿でも朝鮮人でもできる」という意味であり、朝鮮人を卑下している差別用語だった。私の勤めていた会社では、社長がこの世代の人で、求職者が在日朝鮮人だという理由だけで、優秀な人だったにもかかわらず採用しなかった。しかし、バブル世代とそれ以降に生まれたものにとって、韓国人は単に「外国人」であり、何もなければ彼らへの憎悪など生じるわけがない。それなのに、現実に「嫌韓感情」は存在する。なぜだろう。「NO Japan」を叫んで日本製品をたたき壊す韓国人の映像が目に飛び込んでくるし、放射能防護服を来た聖火ランナーのポスターまで作って世界に拡散したり、様々な反日活動の映像が目に入ってくる。これでは韓国への嫌悪感が生じるのも無理がないのかもしれない。

憎悪は憎悪を生み出すということを理解しなくてはならない。