米国では、コロナウィルス感染症の新規感染者数は、依然として、増減を繰り返しているものの、経済は、回復へ向かっているといわれています。米国労働省が2022年5月6日に公表したデータによると、同年4月の失業率は3.6%とコロナ禍以前の水準にまで改善されています。また、賃金も上昇傾向にあり、同データによると、同年4月の民間の時間あたりの平均賃金は$31.85ドルと、前年同月比で5.5%上昇しています。このように雇用のコストが上昇傾向にあるなか、企業においてはどのように雇用コストの上昇を抑えるかは思案のしどころです。雇用コストを抑えるために雇用形態を工夫する方法も考えられますが、その際に特に注意すべき点を以下において解説します。
米国における雇用形態
直接雇用
日米では労働法制が異なるため、日本のいわゆる「正社員」に完全に対応する言葉は、米国にはありません。しかし、これに相当する雇用形態は、米国では無期(permanent)でフルタイムの雇用形態になるでしょう。米国では随意雇用(employment at will)の原則があるため、雇用形態が無期であるからといって日本のような雇用保障は認められません。しかし、雇用が継続することが前提となっており、フルタイムである点は日本の「正社員」と同様です。日本でも近年導入が進められている「短時間正社員」に相当する無期のパートタイムの雇用形態も米国では一般的です。これらの無期の雇用契約の下で働く労働者は企業から直接雇用されていますが、このほかにも、有期(fixed-term)の労働者も企業から直接雇用されています。企業が労働者を直接雇用する場合、それが無期であれ、有期であれ、フルタイムであれ、パートタイムであれ、原則として労働者に対して賃金(時間外労働の割増賃金を含む。)の支払い、源泉徴収や失業保険の提供等の法定の義務を負います。
なお、企業が任意に提供する福利厚生(fringe benefit)については、雇用形態によって内容を変えることができます。例えば、フルタイムの労働者には健康保険を提供するが、パートタイムの労働者には健康保険を提供しない等と定めることもできます。他方で、雇用条件の違いにより、法律により負う義務が異なる可能性があることには注意が必要です。例えば、一定規模の企業において、労働者が家族・医療休暇法(Family and Medical Leave Act)により休暇を取得するためには、過去12ヶ月に1250時間以上勤務したことが条件となっています。すなわち、労働者がこの休暇を取得するためには、雇用形態がフルタイムである必要はありませんが、パートタイムである場合には勤務時間がある程度長時間である必要があります。
その他の方法
直接労働者を雇用する場合には、求人を出し、雇用し、当該労働者に対して給与の計算及び支払、その際の源泉徴収、失業保険の提供等の法定の義務を負うことになります。これら全てに関する機能を有する人事部を備えている企業もありますが、小規模の企業ではこのような義務を果たすには金銭面のみならず、手間及び時間的な負担が大きいでしょう。このような場合、企業には人事業務を外注するほか、この負担を避けるためには、大きく分けて。派遣社員を雇うか、又は、独立請負人(independent contractor)を起用するか、の2つの選択肢があると思います。
人事業務を外注する場合、契約に基づきあらゆる人事業務を専門業者に外注することができます。しかし、企業が雇用者であり、賃金の支払や源泉徴収の主体は当該企業のみとなります。派遣社員を雇う場合には、PEOと(Professional Employer Organization)といわゆるスタッフ派遣会社(staffing company)の選択肢があります。PEOもスタッフ派遣会社もいずれも派遣先の企業に労働者を派遣し、賃金の支払、失業保険の提供等の法的義務を負いますが、PEOは一般に州法で規制されており、スタッフ派遣会社による派遣よりも長期間に渡る派遣を前提としています。なお、従業員の派遣を受けた場合には、派遣先の企業も派遣された労働者の共同雇用者(joint employer)とみなされ、雇用者としての法的義務を負う可能性があります。例えば、労働者が差別を受けたとして雇用機会均等委員会(EEOC)に対して申立てを行った場合、派遣先の企業も使用者として責任を問われることになるかもしれません。しかし、この点については、各州の規制も異なり、派遣元との契約や労働の実態によって異なるので具体的な場合については専門の弁護士にご相談ください。
独立請負人の起用
上記のとおり、派遣社員を起用する場合には使用者としての責任を負う可能性があります。これに対して、要件を満たし、独立した独立請負人(independent contractor)を起用する場合使用者としての責任を免れることができます。
しかし、このように独立請負人として起用した個人(個人と同視しうる会社も含みます。)が真の意味の独立請負人と認められるかに関する基準がIRSのみならず各州において大幅に厳格化されている現実も認識しておく必要があります。独立請負人が労働者としての保護を受けないのは、雇用者から独立して事業を行う権限も能力もあり、保護を与えないのが正当であると考えられるからです。そのため、独立請負人として起用しながら、実際には労働者のように働かせた場合には、「名目上は独立請負人であるが実際には労働者である」と行政当局に判断されてしまう可能性があります。例えば、個人をフルタイムで雇用し、仕事の内容について詳細な指示を出し、メールアドレス、パソコン等仕事に必要なツールを提供し、当該個人の雇用者が当該企業のみであるような場合には、当該個人は行政当局より労働者であると判断されてしまう可能性が高いと思われます。そして、雇用関係にある従業員にもかかわらず、独立請負人と誤って分類されたとIRSもしくは州当局に判断された場合、会社側は雇用税、社会保障税を支払わなければならなくなるほか、遡って税金、社会保障、失業保険、労災保険等の源泉をしなければならなくなります。また、刑事罰が伴う場合もあります。すなわち、雇用コストを抑えるために独立請負人として起用しようとしたものの、結果的に余分なコストがかかってしまったという結果にもなりかねません。どのような場合に、独立請負人ではなく、労働者と分類されるかについては明確な基準はなく、様々な要素を考慮して決定されるものですので、独立請負人として起用して問題がないかについては十分に検討する必要があります。
まとめ
企業のニーズに応じて、様々な形態で個人を雇用することができれば、雇用コストを抑えることができます。すなわち、限定された業務を行わせるためにフルタイムではなくパートタイムで雇用することにより余分な賃金の発生を抑え、雇用形態に応じて提供する福利厚生の内容を変えることにより、福利厚生に要する費用の増加を防ぎ、特に小規模の会社では、派遣社員を使用することによって、人事管理に要する負担を抑えること等ができます。
しかし、雇用コストを下げるために、個人を独立請負人扱いとして起用することは昨今の各州の動向を考えるととりわけ注意が必要です。各州の予算は、財政難に直面しています。学校への支援等も次々と打ち切られている中、州はあらゆる方法で収入を増やそうとしているとも考えられます。最近身近で失業保険金積立について小規模な会社で抜打ちで立入り検査が増加しているなど、州が新たな財源として取締りの強化に乗り出したのではないかとも思われます。独立請負人と労働者の分類については長年に渡って問題となっており、個人を独立請負人として起用した場合に、本来であれば雇用関係にある労働者であると疑われる可能性も少なくありません。疑わしい場合には、予測不可能なコストの発生を防ぐために最初から労働者として分類すべきでしょう。
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